オーストラリアにある北海道のひとまわり小さな島国、タスマニア島の州都であるホバートに暮らしてから3ヶ月ほど過ぎ、アルバイト探しでは街にある何軒かの飲食店やバーなどに突撃しては断られ続け、諦めかけていたある日の学校での昼食タイム、クラスメイトのタイ人が話しかけてきた。
急展開 〜有難いクラスメイト〜
タイ人のクラスメイト「仕事探してるんだって??」
わて「そうなんだけど、なかなか会話も理解できないから決まらなくてね」
タイ人のクラスメイト「私のお姉ちゃんが街でタイのレストランやってるから話して見ようか??」
わて「本当!?めちゃくちゃ有難い!!是非お願いします!!」
これは本当に有り難かった。その後日、学校の終わった後にそのお店でオーナーであるクラスメイトのお姉さんに会うためショップカードに書いてる住所を訪ねて行った。そこには細く小柄な女性がカウンターの奥にいた。
タイ人オーナー「あ〜あんたね!妹から話しは聞いてるよ!何が出来る??」
わて「皿洗いできます」(いや受かる気あるんかいっ!!)この時の私の最大限の言葉でした。
タイ人オーナー「何でもやる??」
わて「はいっ!!やりますっ!!」(教えてもらえれば…)
タイ人のオーナーは私の足元から頭の先までもう一度見てから、英語の会話は出来ないだろうからホールスタッフは無理ね。まずはお店の一番奥のお皿洗いからやってもらうわ。
わて(決まったぁ!やった!タスマニアの地で仕事を手に入れた!)
タイ人オーナー「働く上で一つだけ、言い訳はしないで!!」
わて「??はい…」兎に角仕事を得た喜びで、この時言われた意味は全く考えていなかった。
次回週末の忙しい戦場と化す、オーストラリアにある人気タイレストランの厨房、タイ人4人、中国人4人、日本人わて1人、3カ国語が入り混じる怒涛の様子をお送りします。
兎に角、住む場所も働く場所も、諦めずにいたおかげで周りの人たちに協力してもらい見つけ得ることが出来た。この行動の経験が今後の人生にずっと役に立つことは、この時のカタコトイングリッシュのジャパニーズには全く知る由もなかった。
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